念輪ブログ

念輪とは何ですか?

悲しいことや辛いことがあるたびに私はこの観音像を静かに磨きます。そうすると理屈ぬきに無心になれるからです。今まで私にとって様々な辛く悲しい出来事がありました。その度ごとに、それを乗り越えようと努力し、おかげさまで今日の幸せがあります。私がいくつもの困難を乗り越えることができたのは果たして何故でしょうか。過去を振り返るとそこにはいつも「ひらめき」がありました。このひらめきによって気持ちを新たにし一歩前に進むことができたのです。

イマジネーション(想像力)と申し上げた方がわかりやすいかもしれません。たとえば野に咲く一輪の花によって心が救われるようなときがあります。悲しみに沈んでいるとき、ふと目に入った瞬間にそれは心に映り、花はただそこに黙って咲いているだけなのに、無償のやさしさを与えてくれます。まるで観音さまのように自分が「かけがえのない存在」であることに気づかせてくれるのです。念という字は、今の心と書きます。意識を向けることであり、気づくことであり、記憶するという意味もあります。英語ではマインドフルネスと訳されています。無心に努力を重ねていると、想像力によって「ひらめき」が生じることは確かな道理なのです。

この観音像は自身の分身であります。自分という一輪を念ずるという意味で、念輪(ねんりん)と申します。念輪観音をただひたすら磨くことによって自然に無心となれます。もっともっと磨いていたい、そういう時間が持てます。するとあるとき突然にアイデアが閃くのであります。これは決して偶然ではありません。この観音像に世界と人間の地水火風空の五大要素がかたどられています。ヒノキでつくられた観音像には年輪が示すように生命力がたくわえられています。ていねいに手入れすることによって、観音さまの限りない慈悲の力である観音力が磨かれていくのです。楽しみから磨くことで、自らの今後の道が開かれるのは理の当然であります。

結論を申し上げます。自分自身が観音さまであることに気づいた瞬間に世界は大きく変わります。見えるまま、聞こえるまま、感じるままの世界に変わりはなくとも明らかに世界が変化します。現実に人の間がかわり、人・もの・金・情報・時間・空間などの資源が変わります。これを人は奇跡と呼び、ご利益(りやく)と思うのであります。やみくもに信じるのではなく、ぜひとも自ら確かめていただきたい。ご自身にそなわっている力をご自分で確認していただきたいのであります。自らを磨いて信念をそだてる。そして実行する。念輪は崇拝するような信仰ではなく自己への信頼という自信であり、まことの信心であります。

どうかお幸せに。

NENRIN_rogo

合同会社念輪